『ブルーに生まれついて』のその後のストーリー
チェットベイカー復帰後の優しくも悲しげな音色
悲しみと共に深みを増したチェットのトーン
2015年公開イーサン・ホーク主演のチェットベイカーを描いた映画『ブルーに生まれついて Born to be Blue』。
出世作『Chet Baker Sings / Chet Baker (1956)』の頃の、怖いもの知らずの若さという美しさもチェットの魅力。そんな1950年代後半から1960年代にかけての華やかな商業的成功の裏側でドラッグに溺れていき、アメリカやイタリア、ドイツで逮捕され服役。その後の復活からの場面からストーリーが始まります。
1970年にドラッグディーラーに顎を砕かれた上に前歯を折られ、演奏不可能になったチェット。トランペットという楽器はくちびるや歯、骨格で鳴らす楽器で、それを失うという事は、トランペッターとしての全てを失うという事です。
全てを失ったチェットを無償の愛で支え続けたジェーンと、生活保護を受け、ガソリンスタンドで働きながら、それでも必死にプレイしようとするチェット。1973年にはディジー・ガレスピーの尽力により遂に復活のステージに登るのですが、その時ジェーンは…
何とも悲しい結末を迎える本作ですが、1988年に58歳で亡くなるまで数多くのレコーディングを残しているチェットベイカー。むしろ映画で描かれた後のチェットのキャリアも彼の魅力であり、映画鑑賞後に聴くと更に訴えかけてくるものがあります。
今回ご紹介するのは、ちょうど映画のエンディングから繋がるストーリー。1974年にリリースされたチェット復帰作『She Was Too Good To Me / Chet Baker (1974)』です。
本作収録曲は現在Apple Musicにて一曲のみ公開になっていますが、記事の最後にベストアルバムから本作収録曲を本作収録順に抜粋しております。
チェットの愛と悲しみ。深みを増した詩的表現の境地
『僕には過ぎた愛だったんだ。』
チェットの復帰を祝福する豪華メンツ
メンバーはキーボードにボブジェームズ、ベースにロンカーター、ドラムはスティーブガッドと非常に豪華なメンバー。収録曲『Autumn Leaves』『Tangerin』にはポールデスモンド(サックス)も参加しています。その他、ジャックデジョネット(ドラム)やヒューバート・ローズ(フルート)、ミルトジャクソン(ビブラフォン)なども参加しており、チェットの復帰を祝福しています。
リリース時期によって収録曲が7曲と8曲となっていますが、今回こちらでご紹介するのは8曲収録の内容。アルバムの最後に収録されている『My Future Just Passed』をこちらで聴くことが出来ます。
『My Future Just Passed』は、ジョージマリオンジュニア作詞、リチャードAホワイティング作曲で、1930年公開のミュージカルコメディ映画『Safety in Numbers』のために書かれた楽曲で、スタンダード曲です。
神聖なまでの詩情溢れる名演
『僕の未来が今、行ってしまったんだ。』と歌うチェットの胸の中にどんな思いがあったのでしょうか。様々なジェーンとの思い出が聴くものの胸を締め付ける切なくも美しいテイクです。50年代から60年代までの軽やかな声やサウンドから、苦難の時と失った愛が生んだものは、傷ついたことのある人全ての心に染み込むような、神聖なまでの詩情溢れる名演でした。
限られた時間のなかで、限られた期間を切り取って描かれる映画という芸術。それでも登場人物にとっては、まだストーリーは続いていく。切ないエンディングだからこそ、その先のストーリーを感じてみてはいかがでしょうか。気に入って頂ければ幸いです。
『She Was Too Good To Me / Chet Baker (1974)』収録曲
本作収録曲は現在Apple Musicにて一曲のみ視聴可のため、ベストアルバムから本作収録曲を抜粋しております。アルバム収録順にお聴きください。