弦振動を科学する。
物理学者ジョン・パウエル著『響きの科学』にみるギタートーンの科学
プロは良いギター、良い機材があるから、あんな良い音がするのだろうか?
そんな風に思ったことはありませんか?
今良い音がしないのは、きっとギターのせい。これじゃない、あれでもない、どれくらいのギターなら目指すトーンが出るのか。一生懸命だからこそ、迷いが生じて悩んでしまったりします。
僕自身、同じギターを何人かで共有して順番に弾いたりする機会があり、それぞれトーンが全く違うという経験もありますし、アーティストが素晴らしいトーンを出していたセッティングそのままで弾かせてもらっても、全然良い音がしなかった経験もあります。
全く同じセッティングで全く違う音がするという事実
違いはプレイヤーだけ
楽器以外のありとあらゆる要素が、最終的にトーンに圧倒的な違いを生み出すという事実は、ある程度経験を積んだプレイヤーなら体感している事と思いますが、今回取り上げる本、『響きの科学 / ジョン・パウエル著(早川書房)』には大変分かりやすく解説がしてあります。
本書は音楽理論書ではありませんが、様々な楽器についてはもちろん、音階や調(キー)について音楽の成り立ちが分かりやすく解説されています。
今回は本書から、ギターのトーンと弾き方によってトーンが変わる理由について触れた部分をご紹介したいと思います。
楽器のトーンの違い=混成倍音の混合比率の違い
様々な混成倍音が生まれるワケ
楽器の音程について、周波数で表現出来る事はご存知でしょうか。ギターの5弦開放弦の音はA。ピアノで言うA2になりますが、周波数は110Hz(ヘルツ)となります。
しかしギターの5弦を弾いた時に110Hzの周波数のみがなっているわけではありません。
110Hz、220Hz、330Hz、440Hz、550Hz…とたくさんの倍音(ばいおん)と言われる周波数が同時に鳴っており、基本周波数に従って構成される倍音が変わります。
A2の基本周波数は110Hz。それに従って基本周波数の第1倍音から2倍、3倍と積み重ねていきます。この時、奇数の倍音と偶数の倍音が生まれます。
偶数倍音は言い換えると『オクターブ』音であり、非常に安定した響きを得られます。かたや奇数倍音は若干不安定な響きながらサウンドの明瞭度を上げると言われています。
弦振動はしばらくするときれいな弧を描く様になりますが、アタック時に弦はアタックポイントを起点に2つの直線となり、そこから静止した状態に戻るべく振動を始めます。その過程で様々な振動の仕方をすることで、時系列的に偶数倍音と奇数倍音の比率が変化する複雑な倍音構成を生むのです。
さらに弾く強さ、アタックの当て方、弾く位置で弦の振動の仕方が変わるため、そこでも倍音の混合比率が変わります。
そして楽器自体が好む倍音、『フォルマント』も存在します。そういった要素を含め木材やパーツも弦振動のエネルギーで共鳴し、弦振動の減衰の過程では変化しながら複雑な混成倍音を生み出すのです。コレがギターのトーンの秘密です。
耳が楽器のトーンを判別する『過渡現象』と『包絡』
私たちの耳が、ギターで鳴らされる音を『ギターの音』と判別するのに、音階を発する直前、アタック時の雑音『過渡現象(かとげんしょう)』と、その後音量を発して減衰していく『包絡(ほうらく)』の2つで判断しています。
ブラインドテストで過渡現象であるアタック音を消したサウンドサンプルを聴くと、何の楽器なのかなかなか分からないほど、発音直前の過渡現象は楽器のトーンには非常に重要な要素となります。
その後弦振動の減衰が始まるのですが、この減衰過程を決めるのはプレイヤーのタッチそのものであり、ギターのみならず楽器はプレイヤーによって全く違うサウンドを生み出すのです。
アンプも同様に振動する
エレキギターならではの要素
本書で語られるのは、著者がクラシックギター奏者ということもあり『アタックとサスティンのコントロールが、ギターのトーンを決める』というところまでですが、エレキギターではアンプの振動も考慮に入れるべきでしょう。
アンプにおいても、ギターと同様様々な倍音を発しながら振動します。エレキギターのサウンドはいかにアンプを鳴らすのか、でもあるわけです。
どれくらいの音量で、スピーカーや筐体は振動、共振しながらどのような混成倍音比率の変化を伴って発音するのか、というところにも少し注目して、皆さんのサウンドメイクに役立てていただけましたら幸いです。
まだまだ深い『響きの科学』の世界
少し噛み砕いてご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。音楽というものをここまで深く掘り下げて考察された著作はあまりないのではないでしょうか。筆致もとてもチャーミングで、どんどん読み進むことが出来ます。
私自身読むたびに新しい発見があるので、手放せない愛読書のひとつとなっています。
最後に本書の著者、ジョン・パウエル氏のYouTubeをご紹介します。とてもチャーミングなジョン・パウエル氏の本書、是非チェックしてみてくださいね。