モダンジャズギター最高峰のイノセント・サウンドに酔う。
不死鳥パットマルティーノの11年ぶりのリーダー作
アンプやエフェクターの進歩により多様化の一途を辿るエレキギター。ジャズギターにおいても例外ではなく、エフェクターを駆使したサウンドで様々な名演が生まれています。
しかしながら、ギター本来の響きの美しさもまた素晴らしく、探究すべきものだと再確認させてくれる名演もまだまだ生まれています。
今回ご紹介する『Formidable / Pat Martino (2017)』は、ジャズギタージャイアント、パットマルティーノの11年ぶりのリーダー作で、彼らしいギターとアンプのピュアなトーンと、オルガン、ホーンが渾然一体となったサウンドが心地よい名演で、改めてジャズギターの素晴らしさを感じさせてくれる名盤です。
ギターを『2度』マスターした男
ギターは今や最もポピュラーな楽器のひとつで、ギタリストも星の数ほど存在します。そんなギタリストの中で、彼ほど数奇な運命を乗り越えたギタリストはいないのではないでしょうか。
パットマルティーノ(1944年8月25日生)は、歌手である父の影響から音楽に親しみ12歳でギターを始めます。最初に手に取ったギターは父から買ってもらった大きなウクレレの様な4弦のもので、それを独学でマスターし翌年には念願の6弦ギター、P-90搭載のGibson Les Paul (半年後にLes Paul Custom も入手。)を手に入れると、メキメキと実力をつけ16歳の頃には、R&Bシンガーのロイドブライスのツアーに同行するなどプロ活動を始めています。
若干23歳で初のリーダー作『El Hombre (1967)』をリリース。オルガントリオプラスα編成の作品で、『ブレスレス・ピッキング』と称される、ジョンコルトレーンを彷彿とさせる圧倒的なテクニックと豊かな音色で『The Kid』の愛称で愛され、華々しくデビューしたパットマルティーノは、次々と作品を生み出し確固たる地位を築いて行きます。
順風満帆に見えた彼のキャリアですが、長く彼を悩ませていた頭痛が酷くなり、1976年には活動に支障が出るようになります。病院での診断は脳動静脈奇形(AVM)による致命的な脳動脈瘤で、1980年に手術。しかしながら手術の後遺症であらゆる記憶を喪失します。
全ての記憶を失くしても
ギターの記憶すら失くしてしまったかつての名手は、当初アルバムジャケットに映る自分自身と自分のプレイすら分からず苦しみます。非常に過酷な治療を受けながらも戻らない記憶。当時の妻も去り治療生活は困難を極めました。
それでも自分のプレイを分析し、自ら『マイナーコンバージョン』という手法を編み出し凄まじいスピードでギターをもう一度マスター。1987年に遂に復活を果たします。復活後にも試練があり、高齢の両親の介護のため思う様に活動出来ない時期が続きましたが、現在では多彩な活動の中で名演を生み出し続けています。
以前に比べて純粋に自分自身のために、という気持ちのみでギターと向き合う様になった彼の復活後のプレイ。トレードマークの太くピュアなトーンで、エレキギターという楽器の素晴らしさを感じさせてくれます。
Formidable / Pat Martino (2017)収録曲解説
オルガンはパットビアンキ、ドラムはカーメンイントレJr。この2人は長くパットと組んで7年、世界中で数々の名演を生み出した盟友です。そしてテナーサックスにアダムニーウッド、トランペットとフリューゲルホルンにアレックスノリスを加え、更なる厚みと奥行きを得た本作。
デュークエリントン、チャールズミンガス(b)デイヴブルーベック(p)ハンクモブレー、旧友のジェリーニーウッド、ジョーイカルデラッツォ(p)のオリジナルに、パット自身のオリジナルを加えたセットリストは、このカルテットにフィットするようリハーサルを繰り返し慎重に選曲されており、全編に渡りメンバーそれぞれのプレイが冴え渡るものになっています。
収録曲中、パットマルティーノ作の曲のクレジットは彼の本名である『Pat Azzara』でなされており、過去の自身の作品を新たに生まれ変わらせています。気に入って頂ければ幸いです。
El Niño
圧倒的なテクニックと多彩な表現力を兼ね備えたテナーサックス奏者、マイケルブレッカー1998年リリースのアルバム『Two Blocks From The Edge』収録曲。旧友ジョーイカルデラッツォ(p)はマイケルブレッカーバンドのレギュラーメンバー。
Hipsippy Blues
Art Blakey & the Jazz Messengers テナーサックス、ハンクモブレー作のハードバップブルースナンバー。パットをはじめ、各プレイヤーのソロが楽しいリラックスしたテイクに仕上がっている。
Homage
1975年リリースのジェリーニーウッドのアルバム『Slow, Hot Wind』収録曲。息子である本作参加のアダムニーウッドの2015年リリースのアルバム、『Niewood Plays Niewood: Homage』にも収録されており、こちらのテイクのギタリストはジョンスコフィールド。
Duke Ellington’s Sound of Love
ベーシストでもあり、ピアニストでもある多才なアーティスト、チャールズミンガス1974年リリースのアルバム『Duke Ellington’s Sound of Love』収録曲。ミンガスは、ピアニストでオーケストラリーダーのデュークエリントンを敬愛しており、キャリアの中でも多くエリントン作品を取り上げている。
El Hombre (P. Azzara)
1967年リリースのパットマルティーノ初リーダー作『El Hombre』収録のオリジナル。この頃から卓越したテクニックで既にパットマルティーノのスタイルが出来上がっている。
In Your Own Sweet Way
1955年デイヴブルーベック作。ポールデスモンドにオリジナル曲が少ないと言われて15分で書き上げたという逸話がある。マイルスデイビスやビルエバンスなど様々なアーティストにプレイされるスタンダードナンバー。
Nightwings (P. Azzara)
復活後1994年レコーディング、1996年リリースのアルバム『Nightwings』収録のオリジナル。
In a Sentimental Mood
1953年デュークエリントン作曲。エリントン楽団でサックスをフィーチャーしたアレンジでレコーディングされた。後にマニーカーツによって歌詞がつけられエラフィッツジェラルドを始め様々なシンガーに歌われている。
On the Stairs (P. Azzara)
1975年リリースのパットマルティーノのアルバム『Consciousness』収録のオリジナル。