かげりのないトーン。初期チェット・ベイカーの代表作
男はメソメソ恋をする。
タフネスと対照的な男の在り方
恋愛において、女性より男性の方が優柔不断だったり思い切れなかったりと、何かとメソメソと思い悩むもの。
そんな恋する男性にとって、そんな複雑な気持ちを余すところなく音楽で表現してくれているアルバムが、『Chet Baker Sings / Chet Baker (1956)』です。
チェットベイカーの繊細かつ伸びやかなプレイとナイーブな歌声が、恋に思い悩む夜を少しだけ素敵なものに変えてくれるかも知れません。
マイルスをしのぐ全米No.1の人気
チェットベイカー(1929年12月23日-1988年5月13日)は若くからトランペットに熱中し、類まれな才能から1952年から53年にはチャーリーパーカーのバンドにて活躍しました。実力を認められる存在になっていき、瞬く間にジャズシーンの階段を駆け上がります。そんな中レコーディングされたのが本作です。
リリース当時のチェットベイカーの人気はジャズ界の帝王マイルスデイビスを凌ぐもので、全米ナンバーワンの人気でした。
まだまだ人種の対立が続く当時のアメリカにおいて、黒人のものであるジャズに現れた白人のスターには批判的なものも多く、批判も向けられたチェット。
しかしながらチェット甘いマスクとナイーブな歌声、シンプルながら繊細なトーンのトランペットは、ジャズを『暗いバーで熱気と共に繰り広げられる特別なもの』ではなく、実力に裏付けられながらも『親しみやすいポピュラーミュージック』として多くのリスナーに受け入れられました。
伝記映画『ブルーに生まれついて』
葛藤を抱えながら前進していくピュアネス
イーサン・ホーク主演にてチェットの半生を描いた映画『ブルーに生まれついて』が公開され、序盤でこの時期の様子が描かれています。
この後チェットには多難な人生が待っているのですが、彼の様な繊細な心の持ち主にとっては、突然のスターダム、人種問題と、この時期から様々な思いがあったのでしょう。
一見順風満帆に見えるなか、様々な思いを抱えながらも、本作では純粋にプレイを楽しんでいるチェットの伸びやかなプレイが堪能出来ます。そんな本作のおすすめの楽曲をご紹介します。
弱気で繊細な男の恋心を歌うチェット・ベイカー。おすすめ楽曲
That Old Feeling
オープニングナンバーの『That Old Feeling』は、1937年Sammy Fain作曲、Lew Brown作詞。映画『Walter Wanger’s Vogues of 1938』に使用され、多くのアーティストに歌われるジャズスタンダード曲です。
軽やかなトランペットのテーマから始まり、『昨日の夜、君を見かけてさ。昔の気持ち思い出しちゃった。』と昔の恋人への思いを歌うチェットは、全編を通して、弱気な男心を繊細に歌いあげていきます。
I’ve Never Been in Love Before.
こちらもおすすめ『I’ve Never Been in Love Before』。1950年ミュージカル『Guys and Dolls』のために Frank Loesser によって書かれた曲です。
『こんな気持ちは初めてなんだ。ワインがすぐ回っちまうし、馬鹿みたいな恋の歌が心に溢れてくる。』チェットの様なハンサムだと会う女性みんなに言っていそうですが、恋に堕ちるということはつまり、常に初恋なのです。そんな気持ちを切なく歌い上げます。
I Fall in Love too Easily.
『I Fall in Love Too Easily』は1945年ジーンケリーとフランクシナトラ主演のミュージカル映画『錨を上げて』の劇中歌でJule Styne作曲、Sammy Cahn作詞。劇中終盤にシナトラがピアノで弾き語り見せ場になっています。
『僕は簡単に恋に堕ちてしまうけど、どうせ今度も長くは続かないんだ。』というチェットのテイクではどちらかというと恋の終わりを怖れる弱気な心として歌われています。失恋の痛手から、また終わってしまうなら恋は止そう。でも抗えない恋心。微妙な心の機微を繊細に表現しています。
男が『胸にしまっておくべき』とされる、愚かで弱い心のささやかなよりどころとして
どこをどう取ってもモジモジメソメソとしながらも、どこか自信に溢れた男の恋心の表現が心地良く、まさに恋している最中の方や、恋を忘れてしまった方におすすめしたいアルバムです。
女性からみたらどう映るのでしょう。それでも男とはこういうもの、と何処かシンパシーを感じさせてくれます。
本気で恋をしたことがある男性にとっての、メソメソした心のよりどころとしての本作、『Chet Baker Sings / Chet Baker (1956)』をご紹介しました。チェットと一緒に大いにメソメソしましょう。気に入っていただければ幸いです。